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年賀状をやめるという方も少なくないけれど、私は年賀状の来ないお正月はなんだかつまらないのではないかと思う。葉書のやり取りを止めてしまえば、その方と縁が切れてしまうような気がするのである。少なくとも年に一度相手のことを思いながら一筆添えるひと手間はあってもいいのではないか。知人のFBで年配者の手書きの崩した文字が読めないとの記事を見た。その文字は「野」だったように思うが、ある一定層の者にとって略式の文字は普段から使い慣れて(見慣れて)いるもので、私はなんでこれが読めないのだろうと不思議に思ったものである。が、次の瞬間、その文字が読めるのは年寄りである証明のようなものであることに気づき愕然としたのだった。亡父の宇和島中学の同級生は御年94歳。父の友人で賀状のやり取りはこの方おひとりだけになってしまった。毎年見事なまでの達筆の筆文字賀状を頂き、ああ今年もお元気だったと安堵する。